2008/11/18 火曜日

小学校統合で、見た夢のこと

カテゴリー: その他 — 久代 安敏 @ 17:12:30

 わたしの母校、石見東小学校も今年で閉校。そのことをいろいろ考えていたら夢に見ていたので閉校記念の同窓会誌にこんなことを書いてみた。

所在地    標高530メートル。大山寺と同じ位

石見東小学校校舎      

           「教室の窓から」

 私の家の台所から石見東小学校の校舎が見える。その校舎の2階の教室
から来年(2009年)生誕100年を迎える作家、松本清張のおばあさんの生
まれた家が見える。その家から500メートルほどの所に「源氏物語」研究の権威
で国文学者、池田亀鑑の生誕地がある。

池田亀鑑の石碑   池田亀鑑の略歴
 今では、「そんなことは誰でも知っているよ、いまさら出自なんてどう
でもいいでしょ」という声もあるのだが、古典文学と現代小説という活躍
された年代やジャンルも違う著名な2人の淵源がこの地であったという
事実を初めて知ったときの衝撃は強く、その後の私の鼻がどちらかといえ
ばプンプン漂う文学の薫りを嗅ぐことに敏感になる力のひとつになった
のも事実だ。

校門坂
 

 松本清張が『私の人生の履歴書には、最終学歴を書く欄はない』としば
しば述べていられたことは衆知のことで、なるほど小学校より先に進んで
いない氏の自伝的半生と膨大な作品群の複合地点の中心軸を表現してい
る言葉で分かりやすいし、「どんな過去の履歴(学歴)よりもきっと書き尽せ
ない未来があるよ」と呼びかけていられるので私の胸にスッと落ち、目か
らうろこがポロンと落ちて、いかなる清涼飲料剤よりも生きる力がグング
ン湧き上がり、どんなに高価な羽毛布団にくるまるよりも温もりを感じて
床に就いた私は、『母校めぐり』の夢を見ていたのである。 すずなりの柿

軒下にはつるし柿と切り干し大根

 夢の断片をバッチワークすると、こうなる。
 息せき切って旧石見東小学校の校門坂を上ると、『勉強ができていい大
学を卒業しただけじやねぇ…、家系がよくて財産がたんまりあるだけじや
ねぇ…、やっぱりまじめに生きなきや駄目だよ』と評釈すべき石碑が門番
のように立っていました。
 「こりやすごい、いったい誰の言葉だ」と、その碑文を両手でなぞり『イ
ケダキカン?』と作者とおぼしき人の名を繰り返し脳裏に書いたり呑み込
んだりしてみましたが、片想いの苦い経験はあれども「源氏物語」という
古典恋愛大長編小説に触れたことはなかったので、その人の名は「聞かん
(亀鑑)」と噛みしめたり、石碑の斜め後ろで薪を背負い読書しながら歩く
二宮尊徳さんの「損得(尊徳)抜きっていいよなあ」などと飛ばしたギャグ
が逆噴射。
二宮尊徳さんの石像 

 その勢いに飛ばされた私は、校門坂から千谷坂を下り上石見まで一気に
転げ落ち旧石見中学校のテニスコートに使われていた中庭に立っていま
した。言わずもがな、校舎も体育館も消えていましたが、花壇の片隅には、
『いつの日か我が学び舎の朽ちるともデゴイチの見えし丘を忘れじ』(作
者不詳)の碑文が寂しげに立っていたのです。
 「デゴイチつてなんだ!」と丘の上から大声で叫んだら、谷田トンネル
から電車が顔を出したので飛び乗った私は、伯備線・根雨駅で下車し徒歩
8分の高校の正面玄関に立っていました。
 玄関の横で落ち葉を掃いていられた老人に、「ここ根雨高校じゃなかっ
たかなあ」と尋ねたら、「日野高校です今は…、あれが日野川だけえ」と
教えてくださつた。
 「な-んだ、母校はみんな消えたのか」という寝言で目を覚ました私は、
どうも合点がいかず歩いて石見東小学校に行って校庭の真ん中から「お-
い、みんなどこへ行った!」とちょっとすすけた校舎の窓ガラス越しに呼
びかけたが返事はない。「そうだよな」と領きながらゆっくり大倉山から
花見山も初冠雪

明石山

花見山へ、明石山から穏地山へと視線をめぐらせた時、二階の教室の窓か
ら「また帰ってくるけぇ-」という野太い声がしたような気がした。
 「あの返事は、いったい誰だったのだろう」と自問しながら『学才にあ
らず閥派にあらずただ至誠にあり』の碑のあるところを下っている。

 11月18日は初雪記念日

4件のコメント »

  1. 小学校統合問題、三光建設問題、医師不足、看護士不足、人口高齢化問題、景気対策、なにか1つでも解決できたら一気に解決しそうなきがするんだけどなぁ~?

    コメント by 阪神タイガースを応援する貴公子 — 2008/11/18 火曜日 @ 23:19:54

  2. 教えて下さい。
    清張さんのおばあさんというのは、つまりお父さんの親ですか?
    つまり、矢戸の田中家に嫁がれたと言うことですか?

    過日来て下さったとか。

    コメント by h.fさん — 2008/11/19 水曜日 @ 17:04:19

  3. ということです。矢戸に文学碑が建立されたとき、清張さん家族も神戸上に来られました。

    コメント by 久代安敏 — 2008/11/20 木曜日 @ 7:55:44

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